弊社ではこれまで、押川の著書やテレビ出演等を通じて、精神保健分野における制度の欠陥を訴えてきました。と同時に、押川のブログにおいては、制度や法律に関する説明を繰り返し、記載してきました。

その理由の一つは、精神疾患をもつ子供(や親や配偶者)を抱える家族が、制度や法律についてあまりにも知らなすぎる、と感じることが多いからでもあります。

弊社への問い合わせの中には、早期退院の流れ(=入院期間は基本的に三ヶ月)という現実を知らず、「病院に連れて行くことさえできれば」、あとは「病院が面倒をみてくれる」と、未だに思っている家族も少なくありません。

なんとか頑張って入院までたどりつけたのに、家族はそこで安心しきってしまい、何もかも医療機関にゆだねているうちに、早期退院。本人は自宅に戻ってきて、服薬もやめ、受療中断によりむしろひどくなった!という訴えも、少なくありません。

現実的なことを申しますと、精神保健に関していえば、よほど軽度の問題を除き、行政や医療機関など公的な専門機関に相談にいって、一回ですべてがうまくいくことはありません

しかし家族は、一度か二度、公的機関に相談をして、芳しい返事がもらえないと、すぐに諦めてしまいます。「アドバイスをもらえなかったのはなぜか」「どうすれば助けてもらえるか」と考えるのではなく、「せっかく相談にいったのに、助けてくれなかった」というところで、思考が止まってしまうのです。そして問題を長期間にわたり放置し、重症化させてしまいます。

もう一つ、この問題を抱える家族に知っておいていただきたいのは、現在の精神保健の分野には「誰も責任を負いたがらない」という現実があることです。

とくに医療や福祉のケアを受けるか否かの「入り口」の部分は、本人の意思に委ねられています。かつては、家族の事情も鑑みたうえで、本人に入院治療の必要性を説いてくれた医師もいましたが、今はそこまで積極的に介入する専門家はほとんどいませんし、また、してあげたくともできない制度、時代の流れになっています。

だからこそ家族は、「本気で本人を助けたい、医療につなげたい」と思うのであれば、行政や医療機関に対して「悪役は家族がかって出る」「責任の所在は家族にある」と表明し、「医療や福祉のケアを必要としている」ことを、強く訴えていく必要があります。

具体的な事例をあげてみましょう。

たとえば、保健所を訪れ、家庭訪問をお願いした場合にネックとなるのは、本人が自宅にやってきた職員に向かって、「誰がこんなことを頼んだんだ」と尋ねた際の回答です。

たいていの家族は、あとから本人に恨み言を言われたり、暴力を振るわれたりすることを恐れて、自分たち(親)の依頼であることを明言しません。しかし家庭訪問までしてもらうからには、本人に対しても「あなたが医療や福祉につながることを、私たち(親)は望んでいる」と、はっきりと告げる必要があります。

これは、入院治療のお願いをする場合も同様です。

入院の要否を判断するのは医師ですが、診察室で本人が入院を拒んだとき、家族は本人のいる前で、「本人はこのように申していますが、家族としては入院治療を希望します」と、家族の意思を表明することが重要なのです。(もちろん、入院治療が必要だと考えるエビデンスも提示します。エビデンスついては、弊社ホームページの「記録」こそが家族を救う!~専門機関へのアクセスを可能にする~の記事をお読みください。

もし、本人からの報復が考えられるのであれば、あらかじめその事実も伝えておき、先方とも相談しながら、家族や対応者の安全をどうやって守るか、どのような対応を取るべきか、を具体的に考えていきます。

しつこいようですが、本人に病識がなく、問題が長いこと放置されてきた時点で、家族関係は崩壊していることがほとんどです。そのような「誰もが積極的には介入したがらないケース」に対して、皆が「善人」の立場で介入したところで、本人が素直に耳を傾けるはずがありません。誰かが悪役をやり、別の誰かは良き理解者となるなど、役割分担が必要なのです。

弊社のような民間企業ならともかく、行政機関や医療機関の職員が「悪役」をやるわけにはいきません。誰もがやりたくない悪役こそ、家族が担い、良き理解者を第三者(行政や医療、福祉の専門家)にお願いすることが、最終的には、退院後の本人の自立(地域での共生)につながっていきます。

これは、家族が公的機関の職員とそこまでの人間関係を育めるよう、努力をしなければならない、ということでもあります。「他人任せ」の姿勢は、決してうまくいきません。この心構えを忘れずに、公的機関を利用する際には、一度でうまくやろうとせず、何回でも相談に行き、担当者に顔と名前を覚えてもらってください。