押川の著書「子供を殺してください」という親たち (新潮文庫)子供の死を祈る親たち (新潮文庫)では、重篤な症状を抱える子供を家庭に抱え込み、医療や福祉につなげられないケースが多数、登場します。本書を読んだ方からよくあるご批判の声として、「精神疾患は家族(親)のせいというふうに読めるが、家族(親)に対して厳しすぎるのではないか」というものがあります。

これについて弊社の見解を申し上げますと、精神疾患は他の疾病と違い、家族関係も含め、本人をとりまく環境が、良くも悪くも病状や予後に影響することは、異論のないところだと思います。

とくに、人間関係がうまく育めない、他者とトラブルを起こしがちな患者さんの場合、病気のみに対してアプローチ(治療)を行っても、根本の解決には至りません。重要なのは、病気を含めありのままの自分を認められる環境であるか。安心できる人間関係があるか、ということです。

ところが、本人がうまく医療や福祉につながっていない家庭の親ほど、「病気のせいでこうなっているのだから、治療を受けさせることさえできれば、解決する」と安易に考えていることが多くあります。または、親子関係に問題があることは分かっていても、それもひっくるめて医療機関に対応してもらおうと思ってしまっています。

家族のそのような他人任せの姿勢が、知らず知らずのうちに、本人に影響を与えています。たとえば、行政や医療機関などに相談にいき、うまく進展しないとなると、「行政なんかどうせ役に立たない」「あそこの医者はダメだ」などと無条件に批判してしまいます。子供が側にいないから、と思って口にした言葉でも、患者さんほど、こういった家族の感情に敏感です。

また、親の考え方として、「本人の症状そのもの」ではなく「自分たちが困っている状況(=本人の言動)」をなんとかしたいと思っている場合が多く、それゆえに症状に関する注意がおろそかになり、悪化(固定化)してからようやく重い腰を上げて相談にいかれるケースもあります。

親自身が、子供の病気を理解していない。専門家など第三者に対して懐疑的である。素直に頭を下げたり、心から協力のお願いをしたりすることができない……そのような家庭で、本人が病気を含めありのままの自分を認められるでしょうか? また、これから第三者と安心できる人間関係を育もうと思えるでしょうか?

繰り返し述べてきたように、今は、「病院に連れてさえ行けばなんとかなる」時代ではありません。どんなに重篤な症状があっても、長期入院、生涯入院は望めない制度になっています。そもそも医療につなげるところから、家族任せになっているのが日本の現状です。

症状が重篤になるほど、家族の関わり方(=本人への接し方や、医療や福祉との連携の仕方)を習得することなしに、本人の症状の快復や社会復帰はありえません。そのためには、家族が知識を蓄え、家族自身の問題も認識したうえで、第三者に協力を仰ぐことです。

ゆえに押川の著書では、家族のあり方を認識し、今後に活かしていけるよう、「厳しい」とご批判をいただこうとも、真実を記述しています。