京都市切りつけ 心神耗弱で男を不起訴処分

去年11月、京都市の路上で、親子が刃物を持った男に切りつけられた事件で、京都地検は心神耗弱などを理由に男を不起訴にした。

この事件は、去年11月、京都市北区の路上で、6歳の男の子とその母親がナイフを持った男に襲われたもの。

男は殺人未遂などの疑いで逮捕されたが、統合失調症で入退院を繰り返していたことなどから、3か月間、鑑定留置が行われていた。

その結果、京都地検は、『犯行当時は心神耗弱状態にあり、責任能力が著しく低い』ことなどから不起訴処分(起訴猶予)にし、京都地裁は男の精神障害の状態を調べるため、鑑定入院命令を出した。

引用:日テレNEWS242017/3/31

加害者の男性に「鑑定入院命令」が出されたとありますので、男性は今後、心神喪失者等医療観察法に則り、地方裁判による審判を受け、入院もしくは通院の決定(ないしは不処遇)の判断がなされることになります。

精神障害者の責任能力について①」でも触れましたが、精神鑑定の結果、精神疾患と診断されたからといって、イコール「責任能力がない」となるわけではありません。では、どこからが責任能力「あり」で、どこからが「なし」なのか。その有無の判断は、私たち一般市民が容易に理解できるものではなさそうです。

まず、疾病名によって判断されているかというと、そういうわけではありません。厚労省HPに掲載されている「心身喪失者等医療観察法による入院対象者の状況」(H29.1.1現在)を見れば明らかなように、「統合失調症」が圧倒的に多いものの、「精神作用物質使用(薬物やアルコール)」によるものや、「パーソナリティ障害」「精神遅滞(知的障害)」、「発達障害」なども含まれています。

責任能力の有無について、日本における変遷を見てみますと、1980年代初めころまでは、「生物学的要素(犯行時の精神状態)」のみに基づいて責任能力判断を行うことを精神医学界が提唱していたこともあり、精神分裂病(現:統合失調症)と診断されただけで、責任能力「なし」とされる判例もあったといいます。

次に、責任能力の有無の判断基準となる判決について見てみますと、昭和6年12月3日大審院判決において、

責任能力の有無は、「精神障害」という生物学的要素(犯行時の精神状態)「弁識能力および行動制御能力の程度」の心理学的要素(事の是非善悪を弁識してこれに従って行動する能力)の両要素を検討して判断される

としています。

よって、生物学要素の判断は精神科医により鑑定が行われ、心理学的要素の判断は裁判所が行い、最終的な責任能力の有無の判断は、両要素を勘案して裁判所が行う、ということになりました。

その後さらに、昭和58年9月13日最高裁判所第三小法廷において「裁判所は、鑑定に拘束されない」とし、責任能力の判断権が裁判所にあることを明確に示しました。この流れから、昭和59年7月3日、最高裁判所第三小法廷判決では、精神分裂病者(現:統合失調症)の責任能力の有無について、以下のような判断を明示しています。

「被告人が犯行時精神分裂病に罹患していたからといって、そのことだけで直ちに被告人が心神喪失の状態にあったとされるものではなく、その責任能力の有無・程度は、被告人の犯行当時の病状・犯行前の生活状態、犯行の動機・態様等を総合して判定すべきである」

よって、鑑定医が「心身喪失」の鑑定結果を出していても、有罪判決の出た事件もあります(平成27年5月25日第2小法廷判決)。

責任能力の有無は、以上のようにして判断されます。

そしてここからは弊社の考察ではありますが、最初に取りあげた京都の事件のように「未遂」で済んだ場合や、昨年8月に福岡県須恵町で母親が四人の子供を殺害した事件(母親は心神喪失により不起訴)のような「親族間殺人」の場合には、心神喪失や心神耗弱が適用されやすいように思います。

一方、淡路5人殺害事件や、和歌山小5殺害事件、元名大生による殺人事件、相模原障害者施設殺傷事件のように、世間を震撼させた事件、複数の被害者を出した事件については、精神疾患があっても起訴され、裁判で裁かれる傾向にあるのではないでしょうか。

この理由を考えるうえで参考としたのは、附属池田小事件を起こした宅間守の精神鑑定を行った、岡江晃精神科医の言葉です。岡江医師は、2008年2月の司法精神医学講演会で、「起訴前には相変わらず心神喪失と心神耗弱が半分ぐらいといった検察官の判断が続いていることだと思われます。実体的には、検察官は簡易鑑定にほぼ拘束されて不起訴、起訴猶予を決めていることです。どうも重大な犯罪以外の統合失調症は、検察官も簡易鑑定をする精神科医も、刑罰よりも治療を優先したほうがいいという考え方をしていると思われます」と述べています。

このような司法判断の流れをみていくと、今後は、社会的に影響の大きい重大な事件を起こした場合には、犯行時「心神喪失」の可能性が高いと印象づけられる事件であっても、検察が起訴し、そのうえで、刑事責任能力の有無についても裁判で勘案し、判決を下すことになると考えられます。

裁判員裁判であることを考えると、任命された一般市民にはかなり負担が重いともいえます。

弊社の立場からすると、病識がない(病態失認)ために医療につながれていない精神疾患の患者を、どう医療につなげるかという問題を解決しない限り、このような判断の難しい事件が増えていくことが予測され、ゆくゆくは、刑法第39条(心神喪失者及び心神耗弱者の責任能力に関する規定)そのものの問題にも波及しかねないのではないでしょうか。

精神科医療の進歩により、統合失調症が不治の病ではなくなり、地域移行に踏み切ったからこそ、病態失認の患者や精神病質者を筆頭に難治性と言われる精神障害者の問題に取り組むべきであり、それこそが精神障害者を加害者にせず、被害者を生まず、司法の混乱も解消することにつながるはずです。