先日の記事では、精神障害者の責任能力について考察しましたが(

4月5日の毎日新聞に、<洲本5人刺殺>「死刑判決」の難解すぎる責任能力の判断と題した記事が掲載されていました。

ここでも記者が、初公判の時から、平野被告の主張が常識に照らして不可解な内容だったことを指摘、さらには以下のような疑問を投げかけています。

耳慣れない言葉が繰り返され、法廷に困惑が広がった。だが、さらに困惑が深まったのは、精神科医がこの法廷での陳述に、専門的見地から意見を述べた後だった。

医師2人は、「精神工学戦争」「電磁波兵器」といった見解を「必ずしもでたらめな内容とは言えない」と証言した。偏った見方ではあるが、インターネットや書籍などにもあり、信じている人たちが少数ながらも存在していることが理由だ。ネットなどの情報の枠内にとどまる限り、精神医学の観点では「妄想」と判断されないという。

「被害者らにすれ違いざまに、音声を脳内に送信された」など被害者と関わる部分については、「妄想でしか説明できない点もある」という証言もあった。しかし、2回の鑑定では事件の前後の被告の生活の様子なども重視。これらを踏まえた鑑定医としての意見は、「犯行の動機には妄想の影響があった」「犯行時は正常な精神機能としての意思と言える」といったものだった。判決は結果的に、ほぼこの鑑定に沿って完全な責任能力を認めた。

が、他の部分に一部、妄想とみられる点もある。このような主張を繰り返し、理解できない人物のように思えても、刑事責任を問うことができる。責任能力という概念は、「市民の感覚を取り入れる」という裁判員裁判の趣旨とはなじまないようにも感じた。裁判員を務めた男性も「精神鑑定医をもっと増やした方がいいのでは」と判断に苦慮したことをにじませた。

「裁判員に責任能力の概念を理解してもらえるか」は、立証に自信を見せていた検察側が唯一懸念していた点だった。「責任能力が争点となる事件は裁判員裁判の対象から外してもよい」と語る精神科医もいた。制度の今後の課題になっていく可能性はある。

引用:毎日新聞 2017/4/5

記事の疑問に答えるには、刑事責任能力の判断の概念に「可知論」と「不可知論」があり、過去の判例における司法精神医学界が支持する理論(鑑定結果)と最高裁が出した判決内容との比較も必要となり、一般市民が理解するにはかなり難しいものであるため、別の機会に取り上げたいと思います。

なお、記事中で、裁判員を務めた男性が「精神鑑定医をもっと増やした方がいいのでは」と指摘していますが、裁判員裁判制度が始まって以降は鑑定留置の件数が急増しており、精神鑑定医が圧倒的に足りていないと言います。

 最高裁によると、鑑定留置が認められた件数は2009年に裁判員制度が始まる前は年間250件前後だったが、その後は急増。14年は564件だった。起訴前に検察側が請求する鑑定と、起訴後に裁判所が職権で行う鑑定があるが、特に増えているのは起訴前の件数だ。今年7月に相模原市の障害者施設で起きた殺傷事件でも、起訴前に容疑者が鑑定留置された。

引用:朝日新聞デジタル2016/9/23

裁判員に精神状態を分かりやすく説明する必要があるとはいえ、「鑑定留置をしなければならない事件が増えている」ことそのものについても、考えてみるべきではないかと思います。

弊社で受ける相談の多くが、「本人の病状が悪化し、自傷他害の恐れの危機を感じている。家族としては精神科医療につなげたいが、どうにもならない。保健所や医療機関に相談に行っても、動いてくれない」というものです。

「地域移行」に関する制度はどんどん進められる中で、いつ事件が起きてもおかしくない状況にありながら、医療につながることすら難儀している家族がどれほどいるのか。起訴前鑑定数が増えているのは、このような実態も影響していると思われます。

法務総合研究所研究部報告(重大再犯精神障害者の統計的研究)等によれば、受療中断など継続治療に結び付いていない結果としての事件が見受けられることも、データとしてすでに出ています。

また、元名大生によるタリウム事件についても、河北新報に<タリウム事件>衝撃の真相 消えぬ「なぜ」と題した記事が掲載され、計22回の公判を傍聴してきた記者が

必要なのは刑罰か医療か-。裁判で浮上した論点に最後まで頭を悩ませた。実は今も個人的には答えを出せないでいる。

と記述しています。

この事件では、殺人に至る何年も前から、家族が本人の異常性に気づいており、相談にいっていたという報道もあります。公判で事件までの経過が明らかになればなるほど、事件化する前の、予兆の段階で介入する体制づくりこそが求められていることが分かります。

弊社が以前より訴えてきましたように、司法と医療の狭間(グレーゾーン)にある対象者を、積極的に医療につなげる方法を模索してこなかった(むしろ医療の現場からは排除してきた)、そのツケがここへきて、多くの混乱を招く事態になっていると感じます。

なお、メンタルヘルス(精神保健福祉)の主管は厚生労働省ですから、厚労省こそが「グレーゾーン」に対する方針を明確にすべきです。さもなくば、事件化したあとの司法対応について議論を重ねたところで、同類の事件そのものは決してなくなりません。