5月7日、岐阜県瑞浪市で、バーベキュー中の会社員が近隣男性に刺殺される事件がありました。

 7日午後6時30分頃、岐阜県瑞浪市陶町大川、会社員大脇正人さん(32)方前の路上から「2人が刃物で刺された」と110番があった。

駆けつけた県警多治見署員が、腹などを刺されて倒れている大脇さんら2人を発見。大脇さんは搬送先の病院で間もなく死亡が確認された。もう一人の会社員の男性(42)も腕などにけが。

同署は近くに住む無職の男(26)を殺人未遂の疑いで現行犯逮捕し、容疑を殺人に切り替えて捜査している。

発表では、大脇さんが自宅庭でけがをした男性らとバーベキューをしていたところに男が現れ、刃物で大脇さんらを襲ったという。男は男性らが取り押さえて署員に引き渡した。

男は「殺意はなかった」と容疑を否認しているという。精神科への通院歴があるといい、同署には約1年前、男に関する相談が家族らから寄せられていたという。

引用:岐阜新聞Web 2017/05/08

加害者の男性には精神科への通院歴があるということですが、以前より当ブログで述べてきたように、精神科の入通院歴といっても、疾病名や病状、経緯はさまざまです。また、入通院歴があるからといって必ずしも、精神疾患を理由に不起訴とされるわけではありません。

それよりも今回の事件は、こういった問題に対して地域住民はどのような対応をすべきか? 何ができるのか? という、大きな課題を投げかけているように思います。

まず加害者男性について、他のニュースでは、

・小学校のときから不登校でひきこもりの生活を続けていた

・6~7年前に母親に刃物を向け警察を呼ぶ騒ぎがあり、その直後に母親は他の子供達を連れて家を出ていった

・以来、父親と2人で暮らしをしていたが、父親は単身赴任で週に一度帰ってくるだけだった

・地域の子ども会では「(加害者男性は)家の近くで騒ぐと怒りに来るから、気を付けるように」と以前から言われていた

といった報道がなされています。

加害者男性を、ほぼ一人暮らしのような状態にしていた家族にも批判が集まっていますが、家庭内暴力が付随するひきこもりの場合、専門家が家族に対して、「本人をおいて家を出るように」と指導することは少なくありません。もちろん命の危険が迫っているような場合にはいったんはその場から離れるしかありませんが、それだけでは根本解決には至りません。

被害者が自宅の庭でバーベキューをしていたことから、「加害者のような人物が隣に住んでいることは分かっていたのだから、バーベキューなどすべきではなかった」といった意見も散見されます。

たしかに、住宅街での度が過ぎる大騒ぎや騒音は控えるべきですが、だからといって「殺されても仕方ない」という理屈にはなりません。そもそも日常生活を送る上で、まったく音を立てずに過ごすことなど不可能です。小さな子供のいる家庭ではとくに、ときには大きな音や大きな声を出してしまうこともあるでしょう。

この地域の子ども会では、「(加害者男性に)気を付けるように」という通達がなされていたそうですが、一時的な危機回避として関与しないよう注意喚起するならともかく、それが継続して行われるようでは、結果的に当事者VS近隣住民という構造になりかねません。

また、加害者に精神科に通院歴があるとのことから、「音」をどのように感じていたのかも気になるところです。被害者や近隣住民が出す生活音が、実際に迷惑行為に当たるほどの騒音だったのか。あるいは加害者が精神疾患により神経過敏になり、生活音ですらうるさく感じられたのか。病気の種類によっては、妄想や幻聴が聞こえていた可能性もあります。

ただし、その方に精神疾患があるのかどうかや、その病状等は、個人情報ということもあり、よほどのことがない限り近隣住民が知ることはありません。今回の事件でも、加害者男性の家族は家を出ていってしまい、近隣住民からは「要注意人物」と見なされ、「関わらない」という対応がとられていました。加害者男性は、家庭でも地域でも孤立していたと推測されます。

精神科にかかっていたことが事実であれば、受療中断もしくは再発等が疑われ、それを理由とした事件はこれまでにも起きています。やはり、医療や行政、福祉による継続的なサポートがあるべきだったはずで、弊社としては、「それができなかったのはなぜか」ということこそ、重要な議題であると考えています。

精神疾患を含め障害をもつ方々や、精神疾患が疑われ自宅にひきこもっているような方々に対して、「偏見の目でみるな」「差別をするな」ということは簡単です。しかし実際に、加害者男性のような人物が隣人であったとき、個人としていったい何ができるのか……。「言うは易く行うは難し」の言葉どおり、行動となるととても難しいというのが本音ではないでしょうか。

そこに、本人に対して継続的に介入してくれる第三者の存在があれば、近隣住民も安心することができます。場合によっては、その方が病気であることや、どのようなことをとくに苦痛に感じるのかなど、第三者を介して近隣住民に伝えることもできるはずです。そうすれば、近隣住民も本人をむやみに恐れるのではなく、より適切な関わりや見守りができるようになります。「地域移行」や「共生」が進められる今、誰がその【第三者】の役割を担うのか、そして如何にして本人をその【第三者】につなげるのかが、大きな課題となっています。

末筆ながら亡くなられた被害者のご冥福を心よりお祈りいたします。