押川の著書「子供の死を祈る親たち」でも引用していますが、社会福祉法人横浜博萌会 子どもの虹情報研修センターによる「「親子心中」に関する研究(2)」では、後半の講義録に、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の松本俊彦医師が登場し、自殺対策について述べています。その中に、以下のような記述があります。

 三十代くらいの比較的若年者の自殺を見ると、「親が精神障害」「兄弟が精神障害」という人が目立ちました。実際に私が面接を担当した事例では、兄弟が精神障害で、親の関心がそっちばかりに行ってしまうために、自分が辛くて、でも親が大変なのも分かっていて、親をこれ以上苦しめたくないと思って頑張っている中で、やっぱり追い詰められてしまったという人もいました。

もちろん、すべての家族がこうだと言うわけではありません。しかし実際にメンタルヘルスの問題に悩んでいる家庭では、親だけでなくきょうだいも追いつめられているケ-スがあります。弊社が見てきた中では、きょうだいを苦しめる要因の一つとして、「きょうだいに対する親の無理解」が挙げられます。松本医師が指摘するように「親の関心がそっちばかりにいってしまった」例もありますし、「本人の言動によりきょうだいが苦しんでいることを、親が気づかない(理解しない)」という例もあります。なにより同じ親に育てられてきたのですから、きょうだいになんらかの影響が及んでいてもおかしくありません。

過去に弊社が携わった事例で印象的だったのは、兄と弟のケースです。この家庭では、弟が何十年もひきこもり生活を続けていました。親に暴力も振るっており、親が本人の言いなりになることで殺傷事件が回避されているような状況でした。結果的に弟には精神疾患があり、弊社が介入した結果、医療につなげることができました。この弟は、病識をもつこともなかなか難しく、治療を継続しています。

親御さんはすでに高齢であり、今後、諸々の手続きや本人への面会等を行うことは難しいと判断し、家族のキーパーソンはお兄さんになっていただくことにしました。お兄さんは、これまでほとんど交流のなかった弟のために奔走しましたが、その過程において、親からの労いや感謝の言葉は一切なかったと言います。

お兄さんは、そのことに対する怒りをきっかけに、心の底にしまいこんでいた親に対する恨み辛みを強く認識するようになりました。その背景には、幼少期からの親子関係の問題もありました。弟がひきこもりという大きな問題を抱えていたことから、お兄さん自身はこれまで、自分と親との関係には蓋をして生きてきたのです。

弊社では、弟のことでお兄さんと連絡をとりあう間に、お兄さんの幼少期の話なども伺っていきましたが、親への恨み辛みの部分では、弟より兄のほうが根深いものがあるように感じられたほどです。このお兄さんは、仕事も家庭もあり、趣味も多く、傍目には悩みなど片鱗も見えません。しかし一点、お酒を飲むことが好きで、その飲酒量は、周囲が不安になるほどだと言います。よくよく話を聞いてみると「憎き親の血が自分にも流れていることを思うと、気づかぬうちに我が子にも同じことをしているのではないか」とおっしゃいます。その押さえ込まれた不安を、飲酒というかたちで解消していたのです。

精神保健福祉法では、家族の負担軽減等を鑑み、「家族の義務」が廃止されました。しかし現実には、親きょうだいがいる場合には、退院後は自宅に戻ることが既定路線とされるなど、まだまだ家族の存在に頼っています。とくに、本人が親の経済力に依存している場合ですと、きょうだいとは係争関係になりやすく、本人が病気であることは理解しつつも、感情面がついていかない……という状況に陥りがちです。

親が高齢化する中で、今後、本人を支えていけるのか。本人とどのように向き合えばよいのか。きょうだいが考えたり決断したりしなければならないことはたくさんあります。そのためには、きょうだい自身が精神的に健全であることが重要です。しかし弊社の経験では、本人の問題解決をきっかけに、きょうだいもまた、親子関係における問題点を認識し、悩んだり苦しんだりすることは、珍しくありません。逆に言えば、本人に関することで第三者の介入がない限り、きょうだいはその思いに気づかず(蓋をして)生きていくことにもなります。

こういった状況を見るにつけ、「家庭」がいかに密室化されているか、考えさせられますし、押川が著書で指摘するように、子供が幼少期のうちから家庭の風通しを良くしておくこと、その重要さを改めて思います。