本人に精神疾患の病識がない場合には、医療につなげる手助けができるのは、往々にして「家族」しかいないことがほとんどです。しかし、家族という近しい関係だからこその、対応の難しさが存在することも事実です。

とくに、本人に精神疾患の症状(幻覚や妄想、強迫観念や強迫行為など)が出ていることに加え、パーソナリティ上の問題がある場合には、そもそも家族の人間関係がうまくいっていないうえに、病気の症状が加わり、家族関係はさらにこじれることになります。

その際、家族が陥りがちなこととして、本人が精神疾患である、という視点が抜けてしまい、パーソナリティの部分を的にして、苛立ちや憎悪といった感情をぶつけてしまうことがあります。

たとえば、幻覚や妄想の中には、性的な言及など、家族からすると「聞くに堪えない」と感じるものもあります。これはあくまでも病気がさせていることですが、家族はつい、本人を前にして「そんなみっともないことを言うんじゃない」と責めたり、「なんでこんなことになってしまったの」と嘆いたりしてしまいます。

また、強迫性障害では、本人が入浴の際に大量の水をつかう、ティッシュや除菌グッズを大量に消費する、歯ブラシや石けんなど同じ物を大量購入する、といった行為があります。これも、強迫行為というれっきとした症状の一つですが、家族は「無駄遣いばかりする」「あの子は昔から金銭感覚がなかった」「働いたことがないから、お金の大切さがわからないのだ」などといって、責めてしまいがちです。

その他、病気が理由で長期間、入浴ができなかったり、部屋が片付けられずにゴミ屋敷化してしまったりする場合も同様です。

もちろん、そういった幻覚や妄想、強迫行為などが生じる背景には、病気だけではなく、本人のパーソナリティの部分や、これまでの生き方なども複雑に絡み合っているものです。しかしそこを紐解いての言及は、あくまでも医療につながってからすべきであり、未治療の状態でそれをおこなうことは、ただたんに本人を追いつめるだけになってしまいます。

本人に学歴があり知識のある方となると、表面的には理屈の通った話を述べることもあります。そうなると家族はなおさら、真正面から反論しようとしたり、あるいは納得して受け入れてしまったりします。しかし本人の話を冷静に分析してみると、内容には矛盾があり、論理が破綻していることもしばしばです。これも病気がなせるわざですが、だからこそ未治療の状態でいくら「話し合いで解決を」「本人の気持ちを理解したい」と思っても、なかなか通用はしません。

このような家族に限って、「入院治療」=「可哀そう」と考えており、医療につなげることに消極的です。どこかに相談に行ったことはあっても、家族の思うような形で進まないとなると相談に行かなくなったり、または相談機関を転々としたりしています。

精神科医療もパーフェクトではありませんし、多剤多量の投薬などあやまった治療をおこなう医師がいることも事実です。しかしながら、投薬治療にしても精神療法にしても、素人である「家族」がおこなえるものではありません。精神疾患の症状とパーソナリティの問題を混合させて、家族があれこれと言ってしまうようでは、人間関係も悪くなるばかりであり、結果的に病気を放置することにもなり、病状悪化につながります。

本人のパーソナリティを理解することや、家族関係を修復することは、あくまでも症状が緩和してからできることです。病気に関しては、一刻も早く、専門家の力を借りる決断をするほうが健全であると言えます。