少し前(6/12)のニュースになりますが、2015年5月に大阪府豊中市のマンションで住人の30代女性が刺殺された事件で、殺人罪などに問われ懲役21年の判決を受けた男が控訴を取り下げ、判決が確定したことがわかりました。

確定判決によりますと、無職の上原亮宏被告(55)は同じ階に住む妊婦の滝畠裕美さん(当時33)が自分に嫌がらせをしていると思い込み、おととし5月、自宅マンションの通路で滝畠さんの首などをナイフで複数回刺し殺害しました。

一審の裁判員裁判で上原被告は「事故と思っている」と殺意を否認し、弁護人も致命傷のけがについては、「精神障害によるパニックで記憶がなく責任能力はない」などと主張していました。大阪地裁は殺意も完全責任能力も認定し、「精神疾患を考慮しても有期懲役刑の上限に近い刑が相当」として、懲役21年を言い渡しました。

これに対し上原被告は控訴していましたが、大阪高裁などによりますと、今月6日に自ら控訴を取り下げたということで、懲役21年の判決が確定しました。

引用 MBS毎日放送 2017年6月12日

この事件は、被害者の女性が妊娠中であったこと、また、その場に一歳の息子も居あわせていたことなどから、非常に痛ましい事件として記憶に残っています。犠牲となった女性とお腹の小さな命に、謹んで哀悼の意を表します。

ちなみに当時の報道では、加害者である男性の不可解な言動も取りあげられていました。

 「いろんな人から嫌がらせを受けていた。監視されたりストーカーされたり、我慢できなかった。6階の住人は全員が『グル』になり、自分を監視していた」

(中略)

これまでの取材で、上原容疑者の自宅には防犯カメラが設置されていたことが判明した。このカメラは、ドアを開けた際に訪問者や廊下が写るような位置に据えられていたという。

カメラに関しては、上原容疑者が数年前まで住んでいた兵庫県伊丹市の一軒家でも、外壁に2台取り付けていたと、近隣住民が証言している。

さらに、自宅からは事件の凶器とみられる血の付いたサバイバルナイフ以外にも、別のサバイバルナイフや特殊警棒が押収された。

引用:産経ウェスト 2015年6月8日

実際に裁判員裁判の初公判では、責任能力の有無が争点となりました。検察側は冒頭で、『上原被告は起訴前の精神鑑定で「妄想性障害」と診断されたが、犯行の状況から殺意は明らかで、刑事責任能力については完全責能力が有る』と主張しました。一方、弁護側は、『精神障害によるパニック状態で責任能力はない』と主張しています。

公判において鑑定結果をもとに精神障害の主張がなされると、「=心神喪失で無罪」と考える方がいますが、判例や多数説では、裁判官(最終的な判断者)による責任能力の判断は、精神鑑定結果に拘束されないという立場をとっています(責任能力については、こちらの記事で解説しています)。

よって、判決は鑑定結果で決まるものではありませんが、過去の殺人事件等の判例から伺い知る限り、「妄想性障害」(あるいは「妄想性パーソナリティ障害」)は、精神障害が認められても責任能力はあるとして有罪判決が下されている場合が多いです。

古くは、1999年の「下関通り魔殺人事件」で、弁護側の申請した鑑定医が、「加害者には妄想性パーソナリティ障害があり、心神耗弱状態にあった」と鑑定しました(ただし、検察側が申請した鑑定医は「完全責任能力あり」とし、精神鑑定の結果が分かれています)。

2001年の「附属池田小事件」では、起訴前と公判中に行われた精神鑑定において、二度とも「情性欠陥者で妄想性などのパーソナリティ障害は認められるが、統合失調症ではなく、責任能力を減免するような精神障害はない」とされました。

2013年「山口連続殺人放火事件」でも、第一審、控訴審ともに被告が妄想性パーソナリティ障害に罹患していたことが認められています。上記三つの事件では、いずれも完全責任能力があるとされ、死刑判決が下されています(山口の事件は、弁護側が判決を不服として最高裁判所に上告中)。

妄想性障害や妄想性パーソナリティ障害は、妄想を主とすることから統合失調症とも混同されやすくありますが、どのような病気なのでしょうか。

MSDマニュアル家庭版によりますと、

妄想性障害は、一つまたは複数の誤った思いこみがあり、それが少なくとも1カ月間持続するのが特徴です。

  • 誤った思いこみには、配偶者に裏切られるなど、通常でも起こり得る状況が含まれている傾向があります。
  • この障害は妄想性パーソナリティ障害の人に発現することがあります。
  • 診断は、あらかじめ他の疑われる原因を除外し、主に既往歴に基づいて行います。
  • 通常、患者は社会的機能を果たすことができる状態であり、仕事をもっています。
  • 治療には医師と患者の良好な関係が不可欠です。

一般に、妄想性障害は成人期中期から後期にかけて発症します。妄想は奇異な内容のものではなく、後をつけられている、毒を盛られる、感染させられる、遠くから誰かに愛されている、配偶者や恋人に裏切られるなど、実生活でも起こり得るような状況を含んでいます。妄想性障害の亜型もいくつか知られています。

※亜型の解説については、元サイトをご参照ください。

統合失調症の妄想では「電磁波攻撃を受けている」「宇宙から交信があった」など荒唐無稽なものが多いですが、妄想性障害の妄想は、現実にありうるような内容が大半を占めることから、本人が病識をもち、自ら精神科を受診することはほとんどありません。治療者側からしても、本人の主張だけでは妄想かどうかの判断がしにくく、周囲の意見も踏まえないことには診断が難しいとされています。

さらには、妄想以外の症状をほとんど認めないため、日常生活は普通に送れており、就労もできるなど社会機能は保たれています。よって、医療につながることが非常に難しい病気でもありますが、妄想が高じれば周囲からの孤立を招き、結果としてトラブルにつながることもあります。

主題に戻りますが、このような人を身近に認めた場合、どのような対応をすればよいのでしょうか。先のMSDマニュアル家庭版には、「危険な患者であると判断される場合には、入院が必要となります」とあるように、言動の深刻度によっては、入院治療を検討する必要があるでしょう。

一方で、友人や職場の同僚など、本人への受診勧奨までは難しい立場の場合はどうでしょうか。精神科医・医学博士の岡田尊司氏は、「パーソナリティ障害がわかる本」で、「妄想性パーソナリティ」の方への対応とサポートのコツを以下のように述べています。

このタイプの人に同僚、友人、援助者として第三者的に関わる場合、もっとも大事な点は不用意に親密になり過ぎたり、気持ちを入れ過ぎたりしないということです。冷静で中立的な対応が、長い目で見るともっとも安全で、しかも信頼を得ることができます。

松下正明氏による定義では、精神障害(妄想)の場合、「合理的な説明や証拠をもって反論しても訂正しえない状態で、妄想の内容は実際にはありえないことで、同じ文化圏で生活をしている者とは共有されない」とされています。それを踏まえても、岡田氏の提案する「冷静で中立的な対応」こそが、適切であると考えられます。

ただし、例として取りあげた殺人事件のように、妄想の対象が近隣住民や無差別、または芸能人など面識のない相手となると、上記の対応も有効ではありません。病識をもちにくく社会機能が保たれていることから、保健所や医療機関も関与に消極的です。この場合には、できるだけ直接の関与を避け、身の危険を感じることがあれば警察に相談することをお勧めします。