8月12日、メンタルヘルス、とりわけ地域移行に関心のある方にとって、衝撃的な事件が起きてしまいました。

自宅で姉を包丁で刺したとして、警視庁高輪署は12日、殺人未遂の容疑で、東京都港区の職業不詳の男(52)を現行犯逮捕した。刺されたのは厚生労働省関東信越厚生局長の北島智子さん(56)で、搬送先の病院で死亡が確認された。男は「私がやりました」と容疑を認めており、同署は容疑を殺人に切り替えて調べている。

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高輪署によると、男は10代の長女、長男と母親の4人暮らし。長女が「父がおばを包丁で刺した」と110番通報した。男は精神疾患で通院歴があるといい、同署が刑事責任能力の有無を慎重に調べている。

引用:産経ニュース(2017/08/12)

すでに多くの報道がなされていますが、被害者の北島智子さんは日大医学部を卒業後、埼玉県庁を経て1988年、厚生省(当時)に入省。医系技官として、保健や医療、福祉分野を長く担当し、精神・障害保健課長時代は、長期入院患者さんの地域移行にも携わってこられた方です。

もちろん、事件と加害者男性(弟)の精神科通院歴が、どのように関係しているかはまだ分かっていません。これまでの事件と同様、今後は「精神科通院歴がある」ことを理由に、メディアも自主規制をしていく可能性が高いでしょう。

しかし弊社としましては、幾つかの側面から、とても気になる事件であることも事実です。

FNNのニュースでは、事件前、二人の間に目立ったトラブルはなかったという報道がされています。とは言え、まったくなんの予兆もなく事件が起きるというのは考えにくく、事実、弟は警視庁の調べに対し「わたしがやりました」と容疑を認める一方、「わたしの体調が悪くなったのは、姉のせいである」とも供述しています。

それが精神疾患に起因するものかどうかの断定はできませんが、姉と弟の間に(少なくとも弟の中では)、長年にわたる何らかの問題、もしくはわだかまりのようなものがあったのではないかと推測されます。

被害者の女性は、いわばメンタルヘルスのエキスパートとも言える方でしたが、そのような立場の方でも、弟の情緒危機(エモーショナルクライシス)に気づくことはできなかったのでしょうか。もしかすると、「家族」だからこそ、弟が調子を崩していることに気づきながらも、つい「いつものこと」と捉えてしまった、そんな背景があるかもしれません。

そしてもう一つ気になる点は、弟が適切な医療につながることができていたのか、また地域で生活するにあたっての支援が提供されていたのか、ということです。弟の病名や病状は不明ですが、少なくとも通院歴があったことは事実であり、その上で介助の必要な母親と、10代の子供二人と同居をしていたと言いますから、何からのケアや支援を受けていてもおかしくはありません。

なおかつ、姉である被害者の女性は、地域移行の取り組みを推進する立場にあった方であり、医療や福祉についての知識は十分すぎるほどあったはずです。それなのになぜ、事件を防げなかったのか。これは、一般の方々でも抱く疑問ではないでしょうか。

地域移行・定着支援については、地域(自治体)ごとに運営にバラつきがあり、とくに首都圏では、人手や資金の不足から、満足な支援が受けられないとも聞きます。弟自身や姉を含めた家族が望んでも、支援を得られない状況だったということも考えられます。

また、あくまでも推測の域を出ませんが、姉が自身の立場上、身内に関するSOSについては声を上げにくかったということも、可能性としてはあるかと思います。弊社への相談でも、医療や福祉系に従事している方からのものも少なくありません。皆さん、どうすべきか分かっていても行動に移せない、あるいは専門機関とつながってはいるが改善しないなどの理由から相談に来られます。

プライバシーの問題もあり、個人情報の取り扱いには慎重でなければなりませんが、被害者が医師免許をもち、精神医療や精神保健福祉行政の改革に心を砕いた厚労省のキャリアであったからこそ、原因究明が待たれます。うやむやのままでは、さまざまな憶測が飛び交い、精神疾患をもつ当事者やその家族の方々の不安を呼ぶことにもなりかねません。

末筆ながら、北島智子さんに心より哀悼の意を表します。