弊社には「ゴウ」という名前の犬(ラブラドールレトリバー、オス)がいます。スタッフからは「ゴウ会長」と呼ばれ、昨年の9月で12歳になりました。幸いにも健康等の問題はなく、皆に「笑い」と「福」を提供し、楽しい毎日を過ごしています。

さて、戌年ということもあり、インターネット上でも、動物(ペット)に関する記事を例年より多く見かけます。さらに今年は、5年に一度改正される動物愛護法の、改正年度でもあります。

動物愛護に関するさまざまな問題を見ていると、メンタルヘルスの問題と似ていると思うことがよくあります。一つは、本来、行政が担うべき業務が民間に委ねられている部分が多いことです。たとえば、殺処分ゼロを掲げる自治体が増えていますが、現状は保護活動をするボランティアへの負担が増えている側面もあるそうです。

増える飼育放棄 行政の「殺処分ゼロ」で愛護団体にしわよせ

虐待や飼育放棄に関しても、日本では介入の権限をもつ専門家がおらず、解決は民間やNPOの善意に任されています。動物虐待の事件も相次いでいますが、諸外国に比べ、罰則が軽いという現実もあります。女優の杉本彩さんは、以前より、法の厳罰化やアニマルポリスの設置を訴えています。ちなみに欧米では、アニマルポリスはたいへんに人気のある職種だそうです。

世界のアニマルシェルターは、 犬や猫を生かす場所だった。」(本庄萌著)では、ARK(アニマルレフュージュ関西)代表のオリバーさんによる「日本の動物福祉は100年遅れている。いや、200年かな」という言葉が紹介されています。こちらも、精神医療の現場でもよく聞かれる言葉と似ています。

オリバーさんは「日本の動物愛護は、センチメンタルなことが問題」ともおっしゃっています。著者によると、欧米では「かわいそう」という言葉があまり聞かれない代わりに、動物虐待は「正しくない」という議論が主で、理性的に動物福祉を論じる方に多く出会うそうです。

この「かわいそう」は、メンタルヘルスの現場でも未だに蔓延しています。自立にはほど遠い状態の患者さんに対して、「施設(病院)に閉じ込めるのはかわいそう」と一人暮らしを勧める専門家や支援者は少なくありません。過去の刃傷沙汰などの理由から、弊社が親の代わりに介入している患者さんについて、「親と離れ離れになるなんてかわいそう」「親子なんだから、子が親を求めるのは当然」と言われることもあります。

児童虐待についても、保護が遅れる背景には、同様の思考があるように思います。殺傷沙汰が起きかねない事案に対してまで、「親子だから」「家族だから」と責任の矛先を向ける対応は、限界にある家族をますます追い詰めることになります。

ペットも人間も、「命」という意味では同じです。そろそろ「かわいそう」を脱して、「命」を守るための具体的な解決策に向けて、理性的な議論が展開されることを願います。それこそが、本当の意味での「やさしさ」につながるように思います。

※動物愛護法改正については、杉本彩さんや浅田美代子さんが、署名活動をおこなっています。興味のある方は、ご一読ください。

動物虐待事犯を厳正に処罰するために法の厳罰化とアニマルポリスの設置を求めます!

「動物の愛護及び管理に関する法律」の改正を求める署名

 

※現在、コメントは承認制となっております。コメントの反映にしばらく時間がかかりますことをご了承下さい。