とても売れている本ということで、手に取ってみました。著者は数理論理学を専門とし、2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務めています。

前半は、著者のAI(人工知能)に関する考察が述べられています。「今、世間で言われているAIとは、正しくは“AI技術”のことで、 “真の意味でのAI(人工知能)”自体はまだ存在していない」ことや、「シンギュラリティ(技術的特異点)は来ない」といったことが断言され、その理由が詳しく記述されています。

前半を読んでいると、世間に広まっている「AIに取って代わられる社会」の真偽について考えてしまいますが、著者は、AI(技術)によってホワイトカラーが大きく減ることについて否定はしていません。その上で、以下のように指摘しています。

では、AIに代替されない人材とはどのような能力を持った人なのでしょう。それは、意味を理解する能力です。第2章で詳しく見てきたとおり、AIは意味を理解しないからです。

引用:「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井紀子著

ところが、著者の調査によると、日本の中高生の読解力は危機的状況にあるそうです。そしてそのことは、「多くの日本人の読解力もまた、危機的な状況にあるということだと言っても過言ではない」と指摘しています。「読解力とは何か」や、著者の開発した基礎的読解力を調査するためのリーディングテスト(RST)、その結果については本書をお読みいただくとして、もっとも気になるのは、読解力を身につけるには何をすればよいのか?ということでしょう。

実はその点については、今のところ「こうすれば読解力は上がる」「このせいで読解力が下がる」と言えるような因子は見つかっていないそうです(ただし、RSTを受けた中学校への調査の結果、貧困が読解能力値にマイナスの影響を与えていることが分かっている)。

ちなみに、驚くことに、読書習慣や学習習慣と読解力には相関関係が見られないそうです。その上で著者は、読書について

もしかすると、多読ではなくて、精読、深読に、なんらかのヒントがあるのかも。そんな予感めいたものを感じています。

と書いています。

これには頷けるところがありました。弊社では、対象者に携わるにあたり、家族からの聞き取りはもちろん、自室の本棚を見せてもらうなどして、読書傾向も把握します。中には、子供の時から名作と言われる書物を多数、読んでいるような方もいました。ところが、それが実質的にその方の血肉になっているかというと、疑問符がつくこともありました。

「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」の中でも指摘されていることですが、アルバイトに行っても、「マニュアルや仕様書を正しく理解し、その通りに作業をし、ほうれんそう(報告・連絡・相談)をする」といったことができません。また、他者の話を正確に聞き取ることができないため、コミュニケーションがうまくとれない、といったこともありました。

読書は、基本的に自分の頭の中だけで行われることです。いかに名作を多読していても、自分の好きなように読んだり、都合のよい情報を取捨選択したりするようでは、読解力を深めることにはならないのでしょう。そのことを改めて思い起こしました。また、そのような家庭の特徴として、親はホワイトカラーの職業に就いており、家に専門書や名作などたくさんの書物があります。ところが、親子間のコミュニケーションは圧倒的に不足している…そんな傾向がありました。

 

ちなみに、本書を議題としたAERA.dotの「教科書が読めない」子どもたち 教育現場から見えた深刻な実情は、本書よりさらに踏み込んだ記事となっています。こちらの記事によると、学校現場の教師は、「たとえば、コミュニケーション力が足りていない児童の推論の点数が低いなど、能力や性格的な面が、RSTの結果に表れているような印象を受けました」と感じています。

家庭内のコミュニケーションを改めて見直すと同時に、さまざまな事情から親との時間が持ちにくい子どもたちを、学校や地域がどう支えていくのか……そちらもまた、大きな課題であると思います。